鯉のぼりを立ててはいけない、悲しい伝説の残る地域

鯉のぼりを立ててはいけない、悲しい伝説の残る地域

私の実家は愛知県の山奥でこいのぼりを立ててはいけないという言い伝えが小さい頃まで残っていました。

その理由は1584年に起った小牧・長久手の戦いが発端です。

戦いは半年にも及び古戦場の近くには今でも「血の池」「首塚」「耳塚」等生々しい地名としてその凄惨さが残っています。

村人に殺された落ち武者の呪い

古戦場から岐阜県へ抜ける途中にある私の地元は谷あいの貧しいさびれた村だったと言います。その為落ち武者の格好の隠れ家となったのですが結局は村人のリンチに遭い長い竹やりで寄ってたかって殺されてしまったのです。

この竹やりが一説ではこいのぼりだったとも言われています。それ以来、竹やりの様な長い物を家の前に建てた家の当主が早死にしたり幼い子供が謎の病気で亡くなったりと恐ろしい祟りが続きました。

時代が変わってもこの言い伝えを信じている家庭が多くこいのぼりを立てる事は暗黙の了解で控えられていました。しかしバブルの頃にはすっかりこの言い伝えも忘れられてしまい庭に大きなポールを立て立派なこいのぼりを飾る風習が復活してしまいました。

現代にも続く落ち武者の呪い

落ち武者の呪いはいまだにとけていないのか地元では定期的に町内の各家庭の当主や長男が若くして亡くなるのです。

私が実家にいた頃も町内中(世帯数は極僅か)が軒並みお葬式だらけの時期が有り祖母は「ああ、こいのぼりの祟りがまたはじまった」と嘆いたのを覚えています。ただでさえ田舎の山奥なのに当主や若い人が次々と無くなるので私の地元の寂れぶりは類を見ない程です。

実在する鯉のぼりを立てたことによる呪いの被害

我が家も長年こいのぼりを建てる事は有りませんでしたが甥っ子が生まれた時に1m程のミニサイズのこいのぼりを立ててしまった事が有りました。

祖母は大反対しましたがお祝いに頂いたものなので折角だからと祖母の言う事を聞かずに立ててしまいました。

その年の秋にご多分に漏れず祟りに遭い我が家の当主である父が不慮の事故で頸椎を損傷し首から下が不自由になってしまいました。

昔から伝わる伝承は忘れてはいけない

怨念渦巻く地域では人々の記憶や伝承は薄れるのにまだまだその恨みは健在です。

命からがら逃げて来た人間を集団で竹やりを使い串刺しにして殺すという凶行に及んだのは当時の村人達の無知が引き起こした悲しい現実です。

今時の人間には理解しがたい残酷さがあると感じます。

そして決して地域の繁栄を許さないというのは殺された落ち武者の恨みや無念さは数百年経っても褪せないんだと実感しています。

ただの迷信だと片付けるには実例が多すぎるので目には見えない何かが祟りを引き起こしているんだなと今でも思っています。

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