「くわばら、くわばら」菅原道真に由来する、呪いを避けるおまじない

「くわばら、くわばら」菅原道真に由来する、呪いを避けるおまじない

若い人はもしかしたら、もう知らないかもしれませんが、身の回りで何か危ない事があった時、自分にその危険が及ばないためのオマジナイに、「くわばら、くわばら」とブツブツと唱えているお年寄りを見た事はありませんか?

例えば、「あいつ、止めときゃいいのに、社長に逆らったりするからあんな僻地へ飛ばされたんだ。おー、コワ。くわばら、くわばら」という具合です。

もちろん、交通事故など肉体的危険などを含む、どんな危険に対しても使います。元々は、怖い雷が鳴った時のオマジナイに使われたといわれます。

京都では雷と言えば菅原道真で、北野天満宮にまつわるお話として伝わっています。

僻地へ飛ばされたことを恨んだまま死んだ菅原道真

平安の昔、藤原氏全盛の頃、藤原氏の専横を除こうと時の天皇が藤原一族以外から菅原氏の道真を抜擢して、道真は栄華の道を駆け上がります。

当然、藤原一族は激しく嫉妬し、その天皇が攘夷して次の天皇の代になると藤原氏の巻き返しが始まります。結果、その政争に敗れて道真は九州に追われてしまいます。

当時の九州は京の公家にとっては地の果てとも思われる僻地。天皇側近という公家の頂点から転落してそんな辺地へ追いやられた道真は、日々の食べ物にも困るという極貧の中、京への強い郷愁を抱いたままに非業の死を遂げました。

菅原道真の呪い

ところがその後、京では政争の敵であった藤原一族の人間たちが次々に病死し、そればかりか、内裏・清涼殿が落雷で焼け落ちて大きな人的被害が出て、挙句に天皇まで崩御するという天変地異が頻発します。

京の人々や、特に公家たちの間には、すわこそ、道真公の怨念が雷神になって舞い戻ったのだと畏れました。

くわばらの由来

しかし京の街中が恐れおののく中で、道真が全盛を極めた頃の領地の一つだけは平穏無事だという話が広がります。それが「くわばら」と呼ばれる場所でした。人々は北野天満宮に荒ぶる魂を祀ってそれを鎮めましたが、

この大騒ぎ以来、人々は雷鳴が轟きいなずまが光ると、道真公の雷神様だとばかりに「くわばら、くわばら」と唱えるようになったと言います。

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